最新の活動レポートはページ下部にあります。
ヒマラヤ大震災基金

野口健 ヒマラヤ大震災基金 立ち上げました


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ヒマラヤ大震災基金 学校をつくろう 森をつくろう

サマ村での植林再生&学校寮の建設について


サマ村からのぞむ世界第8位のマナスル峰。朝日に輝く。

サマ村の全景

本日10月20日、ネパール出張から帰国しましたスタッフの小島が今回の出張についてご報告します。今回の出張の主な目的は、ヒマラヤの奥地サマ村での2つの活動についてです。1つ目は森林再生プロジェクトの視察、2つ目は新たに建設をした学校の宿舎の視察です。

ここが育苗センター。完成までに多くの村人の手伝いがあった。

順調に育ってきた

住友林業株式会社の中村さん、松根さんによる調査

まず前者についてご報告します。2015年から5年計画でスタートした森林再生プロジェクトは今年で3年目を迎え、来年2018年は初の植林を開始予定です。(これまでの詳細はこちらから。http://www.peak-aid.or.jp/fund-manaslu2/34/)今回の視察も当活動のアドバイザーである住友林業株式会社から2名の研究者を派遣していただき、昨年3000株、今年12000株の計15000株のモミ(thasing(シェルパ語))、マツ(metang)、カイヅカイブキ(shukpa)、カンバ(thakpa)の育苗の状況、植林候補地の調査、サマ村周辺の木々の調査を行いました。

これがゾッキョ。村のいたるところにいる。

ゾッキョ対策。現地調達できるもので工夫する

詳細なレポートは追ってご紹介しますが、住友林業のお二人によると、現地の育苗の状況は良好であり、現地責任者のアンタルケAntarke(68)の活動を評価していただきました。ただし、今後の主な課題はゾッキョとよばれる家畜による食害対策とご指摘いただきました。ゾッキョは村の至るところで放し飼いにされており、ほとんどの植物という植物を食べあさるため、植林候補地だけでなく村のほぼどこにも木々の稚樹が育っていないと判明したためです。物品の村には竹が自生しているため、村人総出で、竹のカゴでカバーを作るなど、対策を講じます。

責任者のアンタルケ。これまでエベレストエリアでの植林に長年関わってきた職人

アシスタント。サマ村から離れるとこうしたカンバが残る。

苗をたべる幼虫の害。

春先の大雪。苗が潰れてしまう危機だった

アンタルケはこれまでの活動を振り返り「ムシによる食害と春先の大雪で育苗が全てなくなってしまうと思ったが、できるだけのことをして、今の状況までくることができた」と述べ、彼のアシスタントのChewang(62)は「アメリカに住んでいる子供たちから引っ越してきてほしいと言われている。けれど、私はサマ村で生まれ育ち、子供の頃に見た森の豊かさを知っている。サマ村の森、そして私の国に貢献できることは名誉だ」と活動に対する思いがありました。

なお、当活動はコスモ石油エコカード基金の支援もいただいています。

新しくなった学校寮

多くの村人が参加した

続いて、新たに建設をした学校の宿舎の視察について報告します。2015年にネパールの広域に甚大な被害をもたらした震災は、当団体が以前に建設しました現地のガウリシャンカール・プライマリスクールの学校寮にも被害をもたらし、使用できない状況になりました。そのため地震後、現地からの要請により、当団体は再建に取り組み、今夏ついに完成しました。以前の寮は2階建てでしたが、地震の際に子供達が2階建の建物に入ることを怖がったとの報告があったため、新規寮は1階建てとしました。現在は48名の生徒が建設しました学校寮に住み、日々勉学に励んでいます。

生徒によるダンスで歓迎していただいた

学校はヒマラヤの山あいに位置する。標高はおよそ3500m

 

多くの村人はこのような家で家畜とともに暮らす

サマ村滞在中には学校寮のオープニングセレモニーがあり、村人の大半である300名前後の出席がありました。式典では、当団体のカウンターパートであり、今年から村の村長を務めているビルバードルBirubudur(44)が、地域の教育向上のため出席した村人に対し「学校に通うことが大切だ」と述べ、また「これまで25年間学校の運営に関わってきた。地震では苦しい思いもしたが、支援していただいた日本人に感謝し、これからは新たにサマ村の代表として、村の発展のために努力したい」とスピーチがありました。

改めまして、ご支援いただいています企業や個人の皆様に感謝申し上げます。今後とも当団体はサマ村での活動を進めてまいります。何卒宜しくお願い申し上げます。

サマ村の全景

 

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お寺再建場所の整地作業終了


ネパールのシミ村で再建中のゴンパ(お寺)について、現地スタッフから報告がありました。4月末をもちまして、シミ村の有志によるゴンパ建設予定地の整地作業が予定よりも早く終了しました。今後の予定ですが、6月から8月はモンスーンの時期となり、物資の移動ルートの安全確保や屋外での作業が難しいため、

ヒマラヤ大震災基金

進捗状況:シミガオンのお寺再建プロジェクト


ヒマラヤ大震災基金で再建を目指しているネパール、シミガオンのゴンパ(お寺)再建プロジェクトの進捗状況についてご報告します。

当団体は、ネパール全土に未曾有の被害をもたらした2015年の地震で全壊となってしまった、シミガオンのゴンパ再建を目指しています。ゴンパの設計は、世界的な建築家であり、世界各地での災害時における支援活動を数々行われている、坂茂先生に携わっていただいています。

再建現場のシミガオンは、ネパールのロルワリング地方の入り口に位置する山間の小さな村です。シミガオンとは、ネパール語でシミ=インゲン豆、ガオン=村を意味します。首都のカトマンズから村までは、直線距離で100kmほどですが、曲がりくねった道路が続くため、村から最寄りの車が走る道路まで8時間かかり、さらに3時間歩く必要があります。村にはおよそ120家族が生活を営んでいます。

シミガオンまでの道中。2015年夏

シミガオンまでの道中。2015年夏

シミガオンまでの道中。2015年夏

震災で潰れてしまったゴンパ

今月3月14日、現地シミガオンにて、打ち合わせを行いました。これまで関係者がカトマンズ市内で打ち合わせをすることはありましたが、坂設計事務所を含んだ現場での打ち合わせは初の開催となりました。

シミ村の全景。写真中央の青い屋根のあたりにゴンパを再建予定。

打ち合わせには、下記のメンバーが参加しました。
坂設計事務所、原野さん
シミガオンのゴンパ再建委員会3名
シミガオンの村民およそ80名
当団体、小島

打ち合わせでは、村人との顔合わせ、原野さんによる建築家の観点からみた状況把握、今後のスケジュールの確認を主に行いました。実際に現場を訪れることによって、これまで想定になかった土壌を掘り下げる必要性や、今までの打ち合わせで問題ないとされていたモンスーン時期の作業が難しいということなど、実際に現場を訪れて、初めて判明したことがありました。

打ち合わせを踏まえ、今後のスケジュールは下記を予定しています。
5月    土壌整備
6月〜8月 モンスーンシーズンのため作業中断
9月〜   建築開始

村人の代表から「2015年の地震以降、毎日のプジャ(お祈り)に欠かせないゴンパがなくなってしまい、同時に村人が集まる場所もなくなってしまいました。再建を楽しみにしています。」と挨拶がありました。別れ際にも、何人もの村人から、握手した手に額をつけながら「ありがとうございます」と言っていただき、また”カタ”とよばれる歓迎や感謝の意を表すスカーフや、現地ではラリーグラスと呼ばれる石楠花のプレゼントがありました。

当団体では、シミガオンの村人の心の支えであるゴンパの再建に向けて、尽力します。宜しければ今後もご支援いただければ大変幸いです。

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シミガオン村 ゴンパ(お寺)再建


写真は昨年のネパール大震災で倒壊したシミガオン村の寺院。世界的建築家の坂茂先生のご協力を頂きながら再建に向け進んできました。
坂先生は世界各地で被災現場の再建として紙管(紙の支柱 ダンボール紙)を

ヒマラヤ大震災基金

ヒマラヤ大震災基金 報告書


先日行いましたシンポジウムにて「ヒマラヤ大震災基金」の報告書を配りました。
これまでの支援活動、今後の支援予定など載せております。
以下よりご覧いただけますので、ぜひ、ご覧ください。
報告書

また、以下は、シンポジウムにてながした映像です。こちらもあわせてご覧ください。

日本記者クラブにて記者会見(2015年10月27日)の模様です。