清掃活動

清掃活動とは


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1997年、エベレストに挑戦した野口は、散乱する日本隊のゴミの前でヨーロッパの登山家に「日本は経済は一流だけど、マナーは三流だ」と言われ、非常に憤りを感じたと言います。エベレスト登頂後の記者会見で、野口は4年連続のエベレスト清掃登山を発表。ベースキャンプからデスゾーンと呼ばれる標高8000mでの活動をおこない、4年間の活動で合計7.7トンのごみを回収しました。

また並行して国内では最高峰の富士山でも清掃活動を開始。野口はヒマラヤ遠征中、とある海外の登山家から「日本の富士山は世界一汚い山」との指摘を受け、富士山での不法投棄の調査を開始。「富士山から日本を変える」をスローガンに、NPO法人・富士山クラブの協力のもと一般のボランティア参加者とともに不法投棄されたゴミの回収につとめています。成果としては2004年から2013年の間で参加ボランティア総数54000人、640トンのごみを回収しました。今後も富士山での清掃活動は続いていきます。











◆山の清掃活動、きっかけはエベレストだった

集められた日本と韓国の缶詰(4月30日撮影)

集められた日本と韓国の缶詰(4月30日撮影)


野口健が清掃活動を始めたのは、2000年のことです。そのきっかけはエベレストにありました。当時、世界七大陸最高峰の登頂を目指していた野口が、7つ目、最後の目標であるエベレストに初挑戦したのは1997年。エベレストに、崇高で清らかなイメージをもっていたのですが、ベースキャンプで目の当たりにしたのは、各登山隊の残していったごみが散乱している現実でした。
 
しかも、環境意識の進んでいる欧米の登山隊に比べ、日本隊のごみが非常に多かったのです。一緒にいたヨーロッパの登山家たちが、厳しい口調で言いました。
 
「日本隊のごみは本当にひどい。日本人はエベレストを、あの世界一汚い山、マウント・フジのようにするつもりか」
「日本は、経済は一流でもマナーは三流だな」

エベレストという世界の舞台で、日本人を頭からバカにされたことが悔しくてたまらなかった、と野口は語っています。
しかし、それまで自分たちが置いてきたごみによって山がどうなるのか、考えてみなかったことも事実。山のごみという問題に対して、初めて目を見開かされた瞬間でした。

◆エベレストも富士山も、日本人の手できれいにするぞ
エベレスト清掃 (2)
97年から3シーズンにわたってエベレストへの挑戦を繰り返し、1999年に宿願のエベレスト登頂を果たすことができた野口は、記者会見で「次の目標は?」と尋ねられ「来年から4年かけてエベレストの清掃登山をやる」と発表しました。
 
97年以来、あの言葉がずっと心に引っかかっていました。自分たちの手でエベレストをきれいにして、日本人のマナーはけっして三流ではないということを世界に示したかったのです。また、「日本人はエベレストを、あの世界一汚い山、マウント・フジのようにするつもりか」の言葉の意味を確かめようと、初めて夏の富士山に登ります。

そこで富士山がいかに汚されているかを知るのです。日本の象徴、日本人の心のよりどころである富士山が、こんなありさまになっていたのか――。日本人の一員として、放っておけないと考えました。そして富士山の清掃活動に力を注いでいるNPO・富士山クラブと協力しながら、富士山の清掃を実践していくことにしたのです。

◆富士山清掃、みんなの力で大きく前進
富士山清掃1(2006.07.01)
「富士山から日本を変える」をスローガンに、富士山クラブと共に2000年から取り組んできた富士山清掃活動。最初は一緒に清掃をしてくれるボランティアを募集しても年間100人も集まりませんでしたが、いまは毎年コンスタントに7000人のボランティアが日本各地から参加してくれるようになりました。企業、団体、グループ、個人……、ボランティアの参加の形式もさまざまです。
 
富士山の五合目から上の登山道周辺では、もうごみを見かけることはほとんどなくなっています。みんなで根気よく続けてきた清掃活動の賜物ですが、それだけではなく、登山者のごみに対する意識も変わり、マナーが向上して、ごみを捨てなくなったということも大いに関係しています。

富士山清掃 (3)
一方、5合目から下の山麓部のごみ問題は、①青木ヶ原樹海を中心とする林の中に不法投棄されたごみ、②富士五湖周辺や道路わきのポイ捨てごみ、に大別されます。
とくに不法投棄のごみは、人の行きにくいところに捨てられたり、隠すために埋められたりしていることもあって、回収作業はたいへん困難をきわめます。

しかしこれも皆さんの地道な協力により、大型のごみはかなり減ってきています。富士山クラブでボランティアに参加してくださった方々は、2004年から2013年の間で延べ5万4000人、回収したごみは64トンに及びます。富士山のごみ問題は、大きく前進しています。とはいえ、人がいる限りごみ問題に終わりはありません。今後も富士山での清掃活動は続いていきます。

2006年からは俳優の若村麻由美さんが富士山清掃隊長として参加。野口隊がヒマラヤのエベレストやマナスルで清掃を行い、若村さん率いる日本隊が富士山で同時に清掃を行っています。

2006年からは俳優の若村麻由美さんが富士山清掃隊長として参加。野口隊がヒマラヤのエベレストやマナスルで清掃を行い、若村さん率いる日本隊が富士山で同時に清掃を行っています


2014年には野口も富士山の清掃に参加。

2014年,富士山清掃活動の様子 若村麻由美さんと

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2013年からミュージシャンの藤巻亮太さんとともに富士山清掃およびトークライブイベントを実施

2013年からミュージシャンの藤巻亮太さんとともに富士山清掃およびトークライブイベントを実施

2014年トーク&ライブのポスター写真

2014年トーク&ライブのポスター写真

2014年にふじさんホールにて開催されたトーク&ライブの模様

2014年にふじさんホールにて開催されたトーク&ライブの模様

◆シェルパの協力があったからこそできたエベレスト清掃
エベレスト清掃 (5)
やはり2000年から始めたエベレストの清掃も、スタートから苦難続きでした。高地での作業ですから、シェルパの協力なくしてはできません。ところが、まず宗教の問題が立ちはだかりました。ネパールはヒンズー教の国、インドと同じでカースト制があります。シェルパ族の階級は、清掃のような仕事をするカーストではないということで、シェルパは清掃登山に乗り気ではありませんでした。
 
「登頂のために命をかけようとする冒険心はわかるが、ごみを拾うためにエベレストに登り、命をかけなくてはならない理由がわからない」
 
親しいシェルパからそう言われながらも、野口はあきらめずに彼らに清掃活動の意義を説いてサポートを依頼しました。やっとシェルパたちの協力が得られることになり、各国の登山家たちも加わってくれて清掃活動が始まりましたが、酸素が薄い標高5000メートル以上の高所で長時間にわたってごみ拾いをするということを、これまで誰もやったことがありません。からだに思いがけないダメージを与えました。高地に強いシェルパですら、体調を崩すことがありました。

ついには長期高地滞在が原因で、仲間のシェルパが死亡するようなことも起こり、「リスクが大きすぎる、中止すべきかもしれない」と考えざるを得ないこともありました。
すると、そのときにシェルパたちが言ったのです。「ケン、最後まで続けようじゃないか」と。
 
最初は清掃をためらっていたシェルパたちが、率先して自分たちの国のシンボルであるエベレストをきれいにしたい、と思うようになっていたのです。こうして当初の予定どおり4年続けたエベレスト清掃活動では、標高5300メートルのベースキャンプから、デスゾーンと呼ばれる標高8000メートル地点までの清掃活動をおこない、合計7.7トンのごみを回収しました。置き去りにされていた空の酸素ボンベは、約500本ありました。

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その後、野口隊はマナスル峰の清掃登山などもおこなっています。野口隊の清掃活動はヒマラヤの清掃に先鞭をつけるかたちとなりました。
 
そしていま、ネパールでは、野口と共に清掃活動をやってきたシェルパたちが中心となって「自分たちでヒマラヤをきれいにしよう」という動きが出てきています。2015年春には、エベレストと富士山の同時清掃を予定しています。ヒマラヤ清掃の主役はシェルパたちの手にバトンタッチしますが、これからもサポートはずっと続けていきます。