シェルパ基金 森をつくろう

ネパール サマ村「ヒマラヤに森を作ろうプロジェクト」報告書 


ヒマラヤに森を作ろうプロジェクト

報告者 ツクテン・シェルパ 報告日時 2017年11月

1,背景

Mountaineering Rescue Training Foundation of Nepal(MRTFN)はピークエイドの新たな援助の申し出の上、森林再生プログラムによるサマ村の環境保護と持続可能なエコツーリズムを手段とした地域の生活向上を目的に2015年にプロジェクトを立ち上げた。

このプロジェクトはピークエイドの代表理事野口健とサマ村の村人の双方の合意のもと、エベレスト地域のPhurte村にある、エドモンドヒラリー卿が立ち上げた育苗所の元職員であり、森林再生プロジェクトにおいて豊かな経験を持つAng Tarke Sherpaアンタルケ・シェルパを迎え、2015年5月に正式にスタートした。

ピークエイドは2016年6月に現地での活動をスタートさせることを目標に、

ネパール人森林専門家Bheem Raj Raiビヒーム・ラジ・ライによって作成された評価書と詳細な予算をもとに、MRTFNとピークエイドで契約書を作成。契約書を作成するにあたり、MRTFNはGorkha郡とネパールの社会福祉協議会からの正式な許可取得のために、事前にサマ村の村人と連絡をとり、カトマンズで数度のミーティングを開催した。サマ村の村人による提案をもとに、MRTFNは地元NGOであるManaslu Education, Environment and Development Foundation(MEED財団 )との協働に合意し、MEED財団の代表理事Bir Bahadur Lama(ビルバードル・ラマ)とMRTFNは2016年7月20日に契約書に署名した。

 

 

2, 同行者

MRTFN代表理事のThukten Sherpa(トゥクテン・シェルパ)、会計のPasang Dawa Sherpa(パサン・ダワ・シェルパ)、ピークエイド事務局の小島、住友林業株式会社ディレクターの中村健太郎氏、同研究所チームマネージャー松根健二氏は2017年10月13日~16日にサマ村を訪ねた。

左から、ツクテン・シェルパ氏(MRTFN)、松根健二氏(住友林業)、アン・タルケ・シェルパ氏、パサン・ダワ・シェルパ氏(MRTFN)、中村健太郎氏(住友林業)

3,目的

今回の目的は育苗所の視察、MEED財団の代表理事Bir Bahadur Lama、育苗所責任者のAng Tarke Sherpa、Chewang Gyurme Lamaとのミーティングとした。

 

4,10月13日 カトマンズ―サマ村

上記の5人は10月13日午前9時頃にカトマンズからSimirk Air Helicopterで標高3450mのサマ村に向かった。サマ村のヘリパッドではMEED財団代表理事のビルバードル、サマ村育苗所責任者のアンタルケ、アシスタントの Chewang Lama(ツウォン・ラマ)が出迎えた。

その後、育苗所でアンタルケは昨年分の3000株の実生(みしょう)(小さい苗)チシン、モミ、マツ各1000株の進捗状況を紹介した。モミの実生は、肉眼では見えないほど小さいイモムシが発生し、取り除くことが難しく、育てることにとても苦労したという。また、冬季の深刻な大雪から育苗を守ることも難しかったが、全体的に育苗は健康で2018年6月もしくは7月の植樹に準備できているとのこと。また私たちは育苗所において、今年発芽させた12000株(カイズカイブキ1000、カバ1000、モミ2000、マツ3000、チシング5000)の実生(みしょう)の状況を確認した。その後、植樹候補地である9ヘクタールのTau、7ヘクタールのPagyapで、モミ、チシン、カイズカイブキ、メギやバラ科の低木など現地の植生や状況を視察した。

5,10月14日 サマ村

 

ツウォン、松根氏、小島と私は植林予定地の周知や村全体の植生を把握するため、見晴らしのよい標高4500mのマナスルBCに向かって早朝歩き始めた。痩せた岩の土地を1kmほど歩き、その後カイズカイブキ、チシン、カバの混合林に入った。ツウォンによると、彼が幼少の頃のサマ村の森はどこも深かったという。彼を含むサマ村の村人は昔、丸太や材木を担ぎ、SamdoとRui峠(どちらもサマ村以北のチベット近辺)を経てチベットに通い、売買していた。

約30年前、村人と村の僧侶の代表はサマ村の森を守ることを決め、その後、村の多くの地域は燃料のための枯れ枝のみ回収できる保護地域として指定したが、現在のサマ村ではマナスル登山隊や毎年新しく建てられる建造物の増加によって、森林減少の兆候にある。また、ツウォンは村の対岸に位置する森林の減少は過去の深雪と雪崩による影響だと語った。村人は昔、放牧に依存していて、どこの家庭もヤクやゾッキョ、ウマを育てていた。しかし中国政府によってチベットとの国境付近が閉鎖され、チベットのKundenという土地から先に進めなくなってしまったため、村人にとってチベットで貿易することができなくなってしまった。そのため、仕事の減少によって、若者はより良い生活と仕事を求めサマ村を離れた。

ツウォンの2人の息子と2人の娘も村を離れ、現在はアメリカで暮らしている。ツウォンは現在3頭のヤクと4頭のウマを飼っているが、20年前は40頭のヤクと20頭のナクを飼っていた。また彼は、村の北側に位置する氷河湖が彼の幼少時にはとても小さく、湖の周りは氷河に覆われていたが、近年氷河湖の周辺は氷河が削りだした岩のみ残り、氷河は標高4000m以上に位置すると指摘した。80年代のマナスル登山隊は氷河湖からすぐ上の標高3500mの森林にベースキャンプを設営していたが、近年では標高4500mに移動している。ツウォンはサマ村のすぐ上に氷河湖が位置していることを気にかけてた。

BCの手前3900mで、村を見渡してサマ村に戻ることにした。中村氏は体調不良のためパサンはともにサマ村に残り、中村氏が休養している間、アンタルケを訪ねた。アンタルケはサマ村での暮らしにとても満足しているという。アンタルケとの3年間の契約は2018年8月に満了するが、アンタルケは家族の合意が得られれば、契約を延長したいと考えている。またアンタルケは家族の理解を得るため、妻を短期間サマ村に呼び、地域や仕事の様子を紹介したいという。アンタルケは2018年 15000株分の実生を生産予定のため、2018年5月までに土壌、種の採集、育苗床の準備が必要とみている。アンタルケは2018年6月第1週からTAU地域で3000個分の実生を植樹したいとのこと。昼食後、私たちは植林予定の12ヘクタールのゴンパ地域の視察をした。

 

マナスル峰

氷河湖

 

6,10月15日 サマ村

滞在中、唯一の快晴の天気によって、マナスル峰を望むことができた。ツウォン、中村氏、松根氏、小島は川を渡り、Samdo方面の森を目指した。私は村の代表的な僧侶であるTshoknyi Rinporche リンポチェを育苗所に招待した。リンポチェは育苗に感嘆し、育苗所の支援者や関係者一同に感謝の意を示した。彼は村人にこのプロジェクトの重要性を感じてもらうために各家庭に数個の実生を与え、育てることを提言した。私は2018年に初めて実施する植樹をゴンパ地域からスタートさせたいと希望した。午後、寄宿舎譲渡の式典に参加後、植林予定の観察、評価、周知のために、10ヘクタールの学校エリア、20ヘクタールのTakpasumbaを訪ねた。

 

 

8,結論

サマ村での視察は良好に終わった。森林再生プロジェクトの現場を訪れ、実際に視察することができ、村人とコミュニケーションをとれたことは有意義なものであり、互いの関係を強化できた。

9,今後の予定

チームは村人とアンタルケからプロジェクトでの試練や様子を確認することができた。今回の視察は今後3年間のプロジェクトの展開状況とポリシー、戦略を理解する良き場であった。そのため今後の視察も価値あるものである。

私たちは事務所にビヒームを呼び、サマ村視察の状況を報告した。ビヒームは育苗の生産状況と運営体制は問題ない状況であると評価したが、現状の実生のポットは狭まく、実生を覆っている土が深いため、少なくするようアドバイスがあり、ビルバードルにその旨を伝えた。また改めてビルバードルと植樹後の食害対策について議論した。ビルバードルは一つ一つの育苗を保護するので多額の費用がかかるが、通常、フェンスなしでは75~85%の植林された育苗は生存するところ、フェンスありでは80%以上が生存のチャンスがあると考えていた。ビヒームは2018年の3000株の植樹予定地は状況によって変更することも視野にいれ、6月第1週が植樹の適切期と提言した。ビヒームの考えに従って下記の通り、仮のスケジュールを作成した。

2018年(予定)

6月1日    カトマンズ→サマ村

6月2日~3日 村人共にワークショップ

6月4日    植樹用の穴を作る

6月5日    育苗を運び、植樹

6月6日    サマ村→カトマンズ

植樹した際のヤク対策

種子を集める

 

 

大雪に見舞われたサマ村(2017年3月)