ヒマラヤ大震災基金

NHK BS1「国際報道2015」


野口健生出演し、ネパールの地震支援に関してお話しします。

10月8日(木)夜10時~
NHK BS1「国際報道2015」
8月にネパールを訪れた映像や写真などと一緒にお話しします。
ぜひ、ご覧ください。
http://www6.nhk.or.jp/kokusaihoudou/index.html

ヒマラヤ大震災基金

産経新聞連載 直球&曲球が掲載されました。


産経新聞連載 直球&曲球が掲載されました。
ぜひご覧ください。
http://www.sankei.com/column/news/150827/clm1508270008-n1.html

「ネパール大地震4カ月 取り残されたままの地域多い」
あの大地震から4カ月、再びネパールに戻ってきた。日本でもあれだけ大々的に報じられた大地震も情報がぴたりと止まってしまった。日本にいては現場の情報がわからない。まず、向かったのはロールワリング地方。震災で家屋の倒壊や土砂災害が多発した地域。雨期の到来で地滑りが深刻化し二次災害も。カトマンズから四輪駆動車で向かうのだが、土砂災害で道路は寸断されている。先日も断崖絶壁を走っていたバスが土砂に押し流され谷底へと落ち、複数の犠牲者を出したばかり。危険地帯を越えるたびに、生きた心地がしなかった。
 到着したのがシンガティ町。余震(5月12日)の震源地から10キロ圏内にある。ネパール大地震の全体の死者は8千人強だが、シンガティ町と周辺だけで死者数500人と被害が集中した。街中の建物が倒壊し、がれきの中にトタンで作られたバラックが並ぶ。ディーネ・タマンさんは「震災から4日後に落石でつぶれた車の中から娘夫婦の遺体を発見した。奇跡的に車の隙間で泣いている2歳の孫娘を見つけ、家に連れて帰ったが、2日後に死んでしまった。発見が遅すぎたのだ。政府からは1万7千ネパールルピー(約2万円)のお金をもらっただけだ」と感情を押し殺すかのように話した。
 さらに、山間部の村々を目指し、山奥へと足を踏み入れたが、村人から「震災後に初めて外国人が来た。今まで、誰も来てくれなかったし、誰も助けてくれなかった」と告げられた。震災後に立ち上げた「ヒマラヤ大震災基金」では、エベレスト街道を主に支援してきた。観光立国のネパールのシンボルであるエベレスト街道を復活させれば、観光客は戻ってくる。観光の復活はネパールの復興に必ず貢献するからだ。エベレスト街道では、倒壊した多くの人家やロッジが再建されている真っ最中。来春の観光シーズンまでには間に合うだろう。
 しかし、外国人に注目されていない地域の多くはいまだに取り残されたままだ。忘れ去られた地域にどのようにしてスポットをあてるのか。そのためにも、伝え続けなければならない。僕の旅は続く。

ヒマラヤ大震災基金

クムジュン村にて式典


昨日、クムジュン村にて、クムジュン村とクンデ村の村人からの
ヒマラヤ基金によりお礼の式典が開催されました。
約600人ほど集まってくださった。
心温まる式典でした。

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ヒマラヤ大震災基金

ナムチェバザールに着きました。


今日はロールワリングのナー村からヘリでナムチェバザール入り。一気に大都会になりました。それにしてもネパール入りしてから何回、地震があったのかもう分からないほど地震が続いています。僕がカトマンズに到着したその日にも大きな余震が。
今日もナムチェにつき、ロッジの部屋で横になったらズン!と大きな音が響いた次の瞬間に横揺れが。三階にいたので慌てて階段を駆け下り建物から出ました。ロッジの女の子たち(従業員)の叫び声から緊張感が伝わってきました。ドルカ地方でマグニチュード5・1とのこと。
ネパールはまだまだ余震が続いています。
モンスーン中なので地震による土砂災害、高所では雪崩には要注意。しかし、地震は突如やってくるので、その時にどこにいるのか、最後は運かもしれませんね〜。
それにしても、さすがモンスーン。特にロールワリング地方は雨が多いようで毎日が雨。昨日、久々に青空を見ました。ナー村は4200mあるので連日の雨に体が冷えきりました。ナムチェに飛んできたらナーと比べると暖かい!
明後日はクムジュン村に上がります。
日本はまだ暑いのかな?
ヒルにやられたり、色々ありましたが、僕もコジマも元気に過ごしています。
あっ、ご報告!
ブルーポピーと出会えました。
時季が少しズレていたので、出会えないかなぁ〜と思っていましたが、一輪だけ。デェンディ・シェルパが発見してくれました。
7月中下旬のロールワリングは一面がブルーポピーだそうです。あ〜見てみたい。
一輪のブルーポピーを眺めながらヒマラヤでのお花見はなんともステキな贅沢だと感激。
夏のヒマラヤにハマりそうです。
写真はクムジュンからアップしますね。

ヒマラヤ大震災基金

野口より電話連絡がありました(デディング村)


ネパールの野口より電話連絡がありました。

「ロールワリング地方のデディングという村まで上がってきました。
カトマンズからロールワリング地方の入口のシンガリーという村まで車で来ました。今、雨季でネパール中の山間部の山道が土砂崩れで通行止めになっていて、
途中で反対側に渡って、車を乗り替えたりして、シンガリ―までやってきました。途中、崖を走るんですけど、上から落ちてきた岩でぺしゃんこになった車があったり、かなり緊張しながら、なんとか到着しました。
シンガリ―という町は、3年前にロールワリングから下りてきたときにきました。山から下りてきて、最初の都会というか比較的大きな町なんですけど、
今回、3年ぶりに訪れましたが、5・6階建てのビルのほぼすべてが崩れていて瓦礫しかない状況です。そこに、トタンで出来たバラックが並んでいて、みんなその中で生活しています。

そのシンガクリ―からキャラバンをはじめました。途中、山ピルがうじゃうじゃいて、かなり攻撃を受けました。僕もそうですし、今回一緒に来ているコジマ君、シェルパ、みんな攻撃を受けました。ピルが、気づいたらパンツの中にいて、血を吸われている時は痛く無いんで気がつかないんですけど、なんかヌルッとして、パンツに手をいれると血がべっとりついて、パンツが真っ赤かになるくらい、本当にピルはよく血が流れます。

そのピル地帯を何とか抜けて、今、3,600mくらいまで上がってきました。この地域を歩いていて思ったのが、エベレスト街道のようなメジャーなルートではないので、震災後、陸路で歩いてきた外国人は僕らが初めてで、とくにシニガオンという村は、ほとんど家が残ってないのですが、支援もはいっていない。支援が入っているところと、入っていないところの差が大きなと感じます。

明日、マーという村に行きます。その村の上に、ネパール最大級の氷河湖があります。その氷河湖が、震災によって亀裂が入っているのではといわれているのですが、調査が全く入っていない。なので、明後日マーに着いたら、その翌日くらいに、氷河湖の方に行ってみようと思います。
このチョ・ロルパという氷河湖は、何度か行ったことがあります。温暖化によって氷河湖が融解して決壊するのではないかと言われていて、アジア・太平洋水サミットの頃、調査に入ったことがあるので、比較してみたいと思います。

そして、そこから、峠を越えてエベレスト街道の方にぬけたいのですが、土砂崩れなどで峠を越えられないと言われ、ヘリコプターをチャーターして、エベレスト街道に向かいたいと思います。ただ、雨季ですので、ヘリがちゃんと迎えに来てくれるかなあ・・・

このロールワリング地方は、96年の8月に一度来たことがあるのですが、このあたりは、雨が多いという事もあり、この夏の時期は、とてもお花がきれいです。とくに、明日いくナー(4,000m)は、ブルートピーというお花があって、とてもきれいな花があるんです。氷河湖の調査にも行きますが、このブルートピーにも出会えたらいいなと思っています。
このお花の効果は大きくて、家が壊れたり、いろんな話を聞いていると悲しい現実があるのですが、お花畑があるとその瞬間ほっと心が救われる。お花ってすごいなと思います。

次は、クンブに入ってから更新したいと思います。」